胡瓜や蜜柑や珈琲牛乳や煎餅とか
アタクシ。
キュウリもミカンもコーヒー牛乳もチーズも小学6年から中学卒業+αくらいの期間、食べられなかったんです。
好きなんですけどね。
中学に入るくらいの頃には、みると吐き気がしちゃってて。
キュウリは、噛んだときに音がするから。
ミカンは、剥かなきゃならないから。
コーヒー牛乳は、皆好きなメニューだから。
チーズは、可愛らしい形だったから。
この期間に食べられなかったモノは、もっと沢山ありますわねぇ。
牛乳。
コッペパン。
食パン。
冷やし中華。
ミートソースのスパゲッティ。
つか、当時の給食の献立を羅列すれば殆どが食べられなかったと思う。
特に酷かったのが、最初の4つ。
ともかく、キュウリを噛む音を「汚い」「みっともない」「下品」と笑われ。
ミカンを剥くと、「ミカンを食べるなんて生意気」「ミカンの皮を剥くこと出来るんだ」と云われ。
牛乳にコーヒー牛乳の素を入れようとすれば、「コーヒー牛乳なんて、勿体ない」「贅沢だ」と云われ。
チーズを容器から出そうとすれば、「アンタに食べられる何て、チーズが可哀想だ」等々。
同じ様な内容のコトを繰り返し云われ。
中学時代は、給食を食べた記憶が殆どありませんわねぇ。
ま、給食の上で雑巾絞られたりして、食べられなかったって理由もありますけど。
アタシ、馬鹿な意地っ張りだったんです。
だから、からかわれるくらいなら給食なんて食べないって決めちゃったんですわ。
ホントに、殆ど食べた記憶がない。
修学旅行なんて、三食一緒じゃないですか。
だから、お腹が空いてたまんなかった(笑)
意地と根性だけで、喰わずに二泊三日を通しましたけどね(笑)
身内以外の人間がいるところで、まともに食べられるようになったのは高校に入って。
アタクシを率先して苛めてた連中が、私立とか学区外の優等生学校へ行ってくれたおかげ。
また、友人や先輩、先生にも恵まれたから。
中学のままだったら、ホントに生きてなかったなぁと思いますわ。
所詮、中学生の意地。
暴力こそなかったモノの、小学6年の春に転校した翌日から中学卒業までの4年間続いたイジメによくもまぁ我慢したと褒めてやりたい。
が。
今思うと、我慢クセを付けてしまったのは、まずかった。
我慢なんて、百害あって一利なしだと躰を壊して知りましたわ。
本っ当に。
あの時に、我慢なんてせずに、イジメが辛いと逃げれば良かったと思う。
逃げる事って大事なんですよねぇ。
えぇ。
戦術的撤退ってヤツです。
逃げずに戦え云うのは、何も知らないお気楽バカ。
後のケアなんて出来ないクセに、口では偉そうに戦えと云う。
逃げるコトの重要性を知らないバカの口車に乗って、取り返しのつかないコトになっちゃった被害者の方々なんて数え切れない程いるんじゃないでしょうかねぇ。
つか、殆どの場合、口車に乗せられちゃうじゃなかろうか。
アタシだって、そうだっんですけどね。
気付くのが遅すぎましたわ。
つかさ。
よく、聞くんですけどね。
イジメられっ子は持ち回りだったって。
どの程度の、イジメだったんでしょうかねぇ。
後遺症として残る程だったのか、苦い思い出
として片付けられる程度のモノだったのか。
ま、苦い思い出だとしてもヤなコトには変わりありませんから、その程度で苛められたとか云うなっ!! なんてコトは思いませんがね。
ただ、なんとなぁく思い付いただけ。
つか、この記事の意味が分からん(笑)
なんとなぁく、思い付いて書きたくなった。
今、ちょいと心が不健康なようです(笑)
さ、気を取り直して景虎様と直江の親バカ記事でも書こぉっと。
キュウリもミカンもコーヒー牛乳もチーズも小学6年から中学卒業+αくらいの期間、食べられなかったんです。
好きなんですけどね。
中学に入るくらいの頃には、みると吐き気がしちゃってて。
キュウリは、噛んだときに音がするから。
ミカンは、剥かなきゃならないから。
コーヒー牛乳は、皆好きなメニューだから。
チーズは、可愛らしい形だったから。
この期間に食べられなかったモノは、もっと沢山ありますわねぇ。
牛乳。
コッペパン。
食パン。
冷やし中華。
ミートソースのスパゲッティ。
つか、当時の給食の献立を羅列すれば殆どが食べられなかったと思う。
特に酷かったのが、最初の4つ。
ともかく、キュウリを噛む音を「汚い」「みっともない」「下品」と笑われ。
ミカンを剥くと、「ミカンを食べるなんて生意気」「ミカンの皮を剥くこと出来るんだ」と云われ。
牛乳にコーヒー牛乳の素を入れようとすれば、「コーヒー牛乳なんて、勿体ない」「贅沢だ」と云われ。
チーズを容器から出そうとすれば、「アンタに食べられる何て、チーズが可哀想だ」等々。
同じ様な内容のコトを繰り返し云われ。
中学時代は、給食を食べた記憶が殆どありませんわねぇ。
ま、給食の上で雑巾絞られたりして、食べられなかったって理由もありますけど。
アタシ、馬鹿な意地っ張りだったんです。
だから、からかわれるくらいなら給食なんて食べないって決めちゃったんですわ。
ホントに、殆ど食べた記憶がない。
修学旅行なんて、三食一緒じゃないですか。
だから、お腹が空いてたまんなかった(笑)
意地と根性だけで、喰わずに二泊三日を通しましたけどね(笑)
身内以外の人間がいるところで、まともに食べられるようになったのは高校に入って。
アタクシを率先して苛めてた連中が、私立とか学区外の優等生学校へ行ってくれたおかげ。
また、友人や先輩、先生にも恵まれたから。
中学のままだったら、ホントに生きてなかったなぁと思いますわ。
所詮、中学生の意地。
暴力こそなかったモノの、小学6年の春に転校した翌日から中学卒業までの4年間続いたイジメによくもまぁ我慢したと褒めてやりたい。
が。
今思うと、我慢クセを付けてしまったのは、まずかった。
我慢なんて、百害あって一利なしだと躰を壊して知りましたわ。
本っ当に。
あの時に、我慢なんてせずに、イジメが辛いと逃げれば良かったと思う。
逃げる事って大事なんですよねぇ。
えぇ。
戦術的撤退ってヤツです。
逃げずに戦え云うのは、何も知らないお気楽バカ。
後のケアなんて出来ないクセに、口では偉そうに戦えと云う。
逃げるコトの重要性を知らないバカの口車に乗って、取り返しのつかないコトになっちゃった被害者の方々なんて数え切れない程いるんじゃないでしょうかねぇ。
つか、殆どの場合、口車に乗せられちゃうじゃなかろうか。
アタシだって、そうだっんですけどね。
気付くのが遅すぎましたわ。
つかさ。
よく、聞くんですけどね。
イジメられっ子は持ち回りだったって。
どの程度の、イジメだったんでしょうかねぇ。
後遺症として残る程だったのか、苦い思い出
として片付けられる程度のモノだったのか。
ま、苦い思い出だとしてもヤなコトには変わりありませんから、その程度で苛められたとか云うなっ!! なんてコトは思いませんがね。
ただ、なんとなぁく思い付いただけ。
つか、この記事の意味が分からん(笑)
なんとなぁく、思い付いて書きたくなった。
今、ちょいと心が不健康なようです(笑)
さ、気を取り直して景虎様と直江の親バカ記事でも書こぉっと。
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